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 ニュースのコーナーに書いたように、久々の演奏依頼があり、松本市で出張演奏しました。
 とはいうものの、毎日通っている街ですから、出張ってのも変ですけれど
 演奏会場は6Fで、通常の人を運ぶエレベーターが2基(荷物用がなし)という条件で 大きいティンパニは階段を上げるということは事前にわかっていたのですが・・・・
 なんと、32"が階段へ出入りするドアを通らない!!っていうことになり、3台で演奏 ということになりましたって〜ことで、曲はというと、知る人ぞ知る「ゲインズボロ( 4台で音変えしまくり/手よりも足が難しいともいう曲)」
 結果はというと(; ;)/・・・・最後までは通りました(答えになってない!)

 '98.4.26


 暖かい地方の人には信じられないことですが、長野市では今頃が桜の見頃です。
しかし、今年は満開の直前に雨と風に見舞われてしまい、見頃の時期がほとんどなく散ってしまいつつあります。
 しかししかし、花より団子(お酒?)善光寺の裏城山公園界隈では、お花見真っ盛りで、 帰宅途中に、信号無視の酔っぱらい達に遭遇します。文字通り花金の今日がピークでしょうか?
 城山公園を越えて通った中学時代と隣接市の職場だった時は、この時期の朝は割れた一升瓶と、酒のにおいの中を通るのでいやだった思い出があります。

  '98.4.17


 新しい年度もようやく動き始めたってところでしょうか。
というのも、我がホームページのご来場者数が、ここ数日若干上向き 傾向です。
 新しい生活でも、WEBサーフィンが出来る余裕がでてきた人が多く なってきたのでしょう。
特に、初めてご来場くださった方も多いと思いますが(本当は少ない?) 二度と来ませんなんて言われないように、内容のリニューアルに努めて いきたいと思います。・・・とは、言ってみたものの、新たな情報なんて そうやたらあるものではありません。
 ご来場者の皆さんの、情報(演奏会とか)が頼りってところも多々あるので ご協力をお願いしま〜す。m(_ _)m

  '98.4.15


 歓迎会で飲み過ぎて、少々気分の悪い一日です・・・
 仕事のスタッフが異動になり、自分の仕事のサブ担当が、この分野は全く はじめての女性になりました。(前の担当は男)
 相手も一生懸命やっていますし、性格も良さそうだし、慣れればだいじょうぶって ところですが、今現在は相当大変そう・・・
 自分自身、ペースがつかめずに少々疲れ気味ですが、なにより、セクハラってなこと いわれないようにしないと(^^;

  '98.4.9


 2月後半から年度末にかけて、ご来場者が少なかったのは、このページが つまらないのと、アカウントを持っている学生さんが、卒業・修了されること と、会社でネットサーフィン(?)をしている人が、年度末で忙しくって、 さぼってられないってのが、あったような気がします。
 それと同じく、従来から土日のご訪問が少ないのも、やっぱり、仕事や 大学が休みだからでしょうか?
 なんて、皆様方には失礼な想像をしていますが、あたり?はずれ?・・・

  '98.4.6


 毎年恒例(といっても、まだ2回目)のエイプリルフール企画にひっかかった 人はいたのでしょうか(?)。実にくだらない企画でどうもすみませんでした。
 でも、誰も書き込みがなかったから、誰もひっかからなかったのかな(^^;

  '98.4.3


 4月になって、新しい年度が始まりました。大学や会社でアカウントを もらった皆さん!教官や上司の目を盗んで、タム・アム・ラのホームページを ちょくちょくのぞきに来てください!\(^o^)/
 4月というのに雪景色です!オリンピックのシーズンの名残を惜しむのか、 単なるエープリルフールなのか・・・どちらにしても、寒いです!
 ご来場者がようやく6,000人の大台に乗りました。といってもこのところ は、年度末で皆さんが忙しいのか、我がホームページがマンネリ化で飽きられて しまったのか、ご来場者が少なくやきもきしていました・・・・
 これからもよろしくお願いしますね! 

  '98.4.2


 年度末も押し詰まって、仕事も溜まっているのに、恒例の送別会のシーズン となりました。(我が職場でも3連チャンという人もいます。←肝臓も いたわりましょうね)
 この数日を乗り切ると、新しい人との出会い(=歓迎会:結局飲んでばかり) です。
 ところで、最近タム・アム・ラでは新しい人との出会い(=新規加入者)が ありませんね。長野周辺にももっと打楽器奏者はいると思うので、気軽に声を かけてくれればいいのに・・・と思う今日この頃です。(人数が増えれば 一人頭の費用負担やコンサートでの乗り番(練習)の負担が減るという、いけない 考えもあったりする・・・)  

  '98.3.25


 久々に(2週間ぶり)に練習したら(といっても出席率悪く4人だけ)、譜面が 全然読めません(^^;どうしましょう!
 ところで、年2回の演奏会を少数のグループでやっていると、費用負担が大変です。 1月の演奏会の精算で、追徴金が多くて困っています。(著作権、舞台照明 etc)
 名誉会員制度でも創設して、心ある方に援助いただくか、カンパでも要請しようかな(?) といっても、そんな奇特な人はいないでしょう(キッパリ!)

  '98.3.21


 仕事の関係の転勤は今年はありませんでした。従って、また、長野(オリンピックの)←→松本 (サイトウキネンの)間の通勤が1年間続きます。(往復150km?)
 スタッフが変わるので 相対的には自分の仕事が増えるようです。帰りのバスの中で、このホームページの更新のための時間が 確保できるでしょうか?少々心配です。
 加えて、女房が育児休暇明けで仕事に復帰(交代制勤務)するので、休日のタム・アム・ラの 練習や他の団体のトラにも影響しそうだし、ちょっと憂鬱です・・・・  

  '98.3.18


 ご来場者6,000人まで、あと200人を切りました。
 ちょっと早いですが、Just6,000番目の方の募集をさせていただきます。
5,000番目の時とペースはほとんどいっしょ(ちょっと早い?)ので、予想としては 4月10日頃に6,000人かなと思うのですが・・・こういう風に書いてしまうと皆さん 警戒してなかなか来てくれなくなってしまうので、気にせず気楽に来てください。 6,000番目になったからといって、別にいいことも悪いこともありません。(^^;
 

  '98.3.17


 長野パラリンピックも昨日で終わってしまいました。
 閉会式では、折り鶴が700万羽とも1,000万羽とも言われる膨大な数が、飾られたり 選手達の胸に下げられていました。我が家のたった170羽はどこにあったのでしょうか?
 TVの中継を見ていると、客席に知っている顔があったり、最後に入り乱れて 踊っている人達の中に、知っている顔(合唱団)があったり、やはり地元という ことを実感しました。
 今日はこの冬を名残惜しむかのような雪が一日中降っていました。
 

  '98.3.15


 いよいよ明日で長野パラリンピックも閉会です。「世界の(?)ナガノ」も もとの「善光寺さんの門前町長野市」に戻ります。(ってもうすでに戻っている 様な気がしますが・・・・)
 私は仕事柄4月からは全く新しい年度です。新しい年度になれば、オリンピックや パラリンピックの余韻に浸っているわけにはいきません。・・・
 転勤がつきものの商売だけに、新年度はどうなるのでしょうか、我がグループのメンバー も転勤が決まった人、転勤しそうな人がいます。出来れば、長野市近郊に勤務になって 練習しやすい環境になればいいのですが・・・・
 

  '98.3.13


 いよいよ長野も春です。
 何故って?体で感じるからです。つまり、花粉症!嫌な季節がやってきました。
春のさわやかさも、別れと出会いの季節も、鼻水とくしゃみと目のかゆさの前では 色あせてしまいます。
 あ〜あ、いやだな〜(ところで今年は杉花粉の飛散量は多いのかな?)
 パラリンピックもあと2日、花粉症を忘れて応援しましょう。
 

  '98.3.12


 パラリンピックは、日本選手の活躍もあり、各会場では大いに盛り上がっています。
 でも、オリンピックでは大混雑した長野市の中心部「中央通り」や「善光寺」は さほどいつもと変わりはありません。
 ひとつには、パラリンピックの表彰式は、屋外競技は「選手村」で、市民と交流 するには、一般市民の側が出かけなければならないのと、選手村の収容スペースが 500〜1,000人と小さいこともあります。表彰を受ける側も、健常者に比べて競技 終了後、長野市街地に出てくるのは大変、ということもありましょう。しかし、 もし、パラリンピックではセントラルスクェアのキャパでは広すぎる(5,000人) という考えがあったとしたら残念です。(セントラルスクェアは今は使っていない。)
 また、とにかくTV中継がないというのが一番いけない!会場に入れる人は「エム・ウェーブ」 でも8,000人。全国(全世界)的に見ればほんのわずかです。
「ふれあいと感動」という大会スローガンが実践できる人はほんの一握りなのです。
 蛇足ですが、せっかく昨日家族みんなで表彰式を見に選手村に行こうと、長野駅 に来たら、「会場へはもう入れません(人数が多く)」とのこと、選手村のある 今井駅に行くこともなく帰りました。わが子達は、オリンピックの時も熱を出して 入れず、今回もダメ、本当についてない子たちです。
 

  '98.3.6


 パラリンピック・アイススレッジスピードレースを観てきました!
 オリンピックでは清水・岡崎が大人気だったエム・ウェーブでの競技でした。 観客も大勢で、1時間前に行ったのに席に着けたのは、10分前という状況、 日本選手達は、全種目でメダルを獲得するという大活躍でしたが、残念なのは 選手がほとんど日本とノルウェーだけというところです。(一説にはこの2国 のレベルが突出していて、他の国がエントリーしないとも言われています。)
逆に考えると、前回開催国はノルウェー(リレハンメル)ですし、今回は日本(長野) ということは、このパラリンピック開催がその国の障害者スポーツのレベルを上げる のにどんなに役に立っているか、ということもわかります。(日本の場合往々にして これっきりってことになる危険があります。)
 実際に観戦すると、障害者が一生懸命やっている、ということより、普通のスポーツ を観戦してのめり込むって感じです。障害者を特殊視しないということを、普通に出来た というところでしょうか。
 ただ、パラリンピックに出て活躍する選手のほとんどは、後天的に傷害をえた人達 です。パラリンピックがオリンピックのようにメダル至上主義になったとしたら、 先天的に障害を持った人達の多く(体力的に記録を伸ばすことが難しい)がスポーツに 取り組むことが難しい状況になってしまうのでは?
 パラリンピックについては、他にも書きたいことが沢山ありますので、また後日・・・
 

  '98.3.9


 パラリンピックが開幕しました!
 オリンピックに次いでの大イベントですが、むしろ身近な(商業化されない) ボランティア精神の顕著な(福祉分野は日本におけるボランティアの先駆けです) イベントだと思います。
 オリンピックの原点をしめすような大会だと思いますが、TV中継が少ないという ことは、悪い意味でも、(良い意味でも)一般日本人にアピールしがたい大会だと 思います。(日本人:に限らず:はメジャーな意見をマスコミに主導されている、という という考えが概ね正しいと思う・・・)
 パラリンピックでは、私(と家族)は、一、一般大衆(観戦、参加)に徹してみようと 思います。
 

  '98.3.5


 パラリンピックの関連イベント、アートパラリンピックの一環で、昨夜 善光寺の本堂で、雅楽とゴスペル歌手のコンサートがあったそうです。
 ゴスペルと言えば当然キリスト教で、善光寺は無宗派といえども仏教寺院 です。自分の宗教の中心部で、他の宗教行為を認めるというのは、なんとも善光寺 らしいところです。(オリンピックの時は、オリジナルピンバッチを売っちゃう という商魂たくましさもあったりします。)
 話は戻りますが、我々も一度は本堂の中で演奏してみたいものです。(ライヒ の木片なんかよさそう、「黒い典礼」ってのはだめ?)

  '98.3.2


 ボランティア中毒?でしょうか、オリンピックでは色々参加することが できましたが、パラリンピックは1回観戦するだけの予定しかありません。
 何かより身近に感じる手段はないか、と思っていたところ、閉会式で 100万羽の折り鶴で会場を埋め尽くそうという企画があり、折り鶴を 募集しているのを、パラリンピックのサイトから見つけました。
 早速、娘と折りはじめました、と言ってもせいぜい100羽も折れば 息絶えてしまいそう・・・(数の規定はないと言ってますし・・・)
皆さんも協力してみませんか?(詳しくはパラリンピック公式ホームページで)

  '98.3.1


 長野オリンピックの総決算は、読売新聞の地方面、選手村閉村式 の記事での実名・実年齢報道でした。ボランティア・オリンピックの感想を 聞かれたことを、美談に書いてありました。(長野県の人は、2/26付読売 新聞地方面を見ると私の実年齢がわかります。:実は今日は私の結婚記念日 だったりする:って女房には一言もねぎらいの言葉をかけてないけど・・)
 取材した記者は、偽ナイキのピンバッチを付けていました。(^^;
 予想どおり今日は仕事に復帰するのがとてもつらかった・・・(体内時計がずれている・・)

・蛇足ですがわたしのピンバッチゲット記録
  オリンピックエンブレム(縦角形)←仕事用記章
  スノーレッツ+オリンピックエンブレム(丸形)←以前のもらいもの
  IBM縦型←智くん(3歳)が外人からゲット
  ウォールストリートジャーナルヨーロッパ←智くんが外人からゲット
  文化プログラム←2/11オリンピック村演奏記念品
  ボランティアハウス'98←同上:演奏記念品
  ジャンプ競技←ラージヒル表彰式のとき購入(\1,500)
  スノーレッツ4匹←プラ製4匹別々高速道路SAで購入(\1,050)
  カナダ選手団←運転ボランティアでシルビーさんから
  カナダスケートチーム←運転ボランティアでロバートさんから

  '98.2.26


 長野オリンピック選手村閉村式に参加しました。河野(リレハンメル ノルディック複合個人銀・団体金の)副村長もいました。
 村内で活動したボランティア等々が多数参加しての閉村式でした。 しかし、遠方から来ていたボランティアの中には、閉村式を待たずに 帰った人も多かったようです。
 その後選手の食堂で交流会がありました(マクドナルド食べ放題?) きっと人の輪を作ったボランティアさん達は盛り上がったことでしょう。 私は運転ボランティアだったので、内勤の人のようにボランティア 同志の人の輪っていう感じまで行かず少々残念でした。
選手村が開いていた期間は33日間、その間ずっとがんばっていた人も 多かったようです。それに比べれば、私の運転ボランティアは、今日を 入れても5日間、今思えば何だか短すぎたって感じかな・・・・
 なんだか、ちょっと脱力感って気分です。(明日から仕事に復帰できるかな?)

  '98.2.25


 長野オリンピックが終わりました!
 長かったようで短かった16日間でした。色々なことを体験できた 半月間だったようです。多分こんな劇的な体験は一生でもそうないこと だと思います。(色々な体験はまた整理してみて、コーナーでも作れたら なんて思います。・・・言うだけだったりして)
 閉会式は、ボランティアの運転待機室でのTV観戦でしたが、最後の 花火はさすがに近いところだけあって、かつ、天気も良かったので、生 で見られました。
 その後選手村では、お別れイベントとして、地区の人達のおでん、甘酒 や、太鼓の演奏などがあったのですが、もう、無礼講ということで、待機中 にもかかわらず、入り込んでみました。 日本選手では、島崎、三宮選手を 見ることが出来ました(前日は上村選手も)途中で運転にかり出されたので、 その後どうなったかはわかりませんが・・・
 運転手では、でたらめ英語でも案外意志の疎通は出来ますね。

  '98.2.22


 ショートトラック、西谷・植松選手おめでとう!
 ショートトラックで1つ位メダルがあるとは思っていましたが、 勅使河原さんもだめだし、長野県の田中ちがけは転ぶし、だめなのかな と思っていたら、すごい結果が出ましたね。
 今日から、オリンピックの運転ボランティアで、最初の仕事で、IBC (国際放送センター)とMPC(メインプレスセンター)を回っている時 にカーナビのTVで見ました。カナダ選手団担当だったので、5,000m男子 リレーの結果とあわせて、乗っていたカナダ人と喜び合いました!
 ボランティアが終わって、0:30頃町中を歩いて帰る途中、若者達が 大騒ぎしていました・・・+善光寺が限定ピンバッチを販売するというので 夜明かしして待っている強者達もいました(パワーを感じると言うべきか なんというか・・・)。

  '98.2.21(というか22というのが正解か)


 ノルディック複合団体、残念でした。
 前評判の高かった、荻原健司選手は、結局メダルなしで終わりました。 でも、あれだけ、ワールドカップで成績の悪い中で、2種目とも入賞 したってことはさすが大物です。
 これだけ、オリンピックで盛り上がっている中で、水を差そうってのでしょうか 某議員の自殺、何年か前には日曜朝の田原某の番組でかっこいいこと言っていた シーンが思い出されますが、実際やっていることは・・・
 所詮、エリート世界だけで生きてきた大蔵官僚の代表ってところなんでしょうか?
 話を戻して、オリンピックの最後の大詰め、フィギュアスケート、アイスホッケー 日本は関係ないけど見物です。
 私は、明日から運転ボランティア(カナダ選手団担当)で選手村に行きます。

  '98.2.20


 ジャンプ団体日本チーム金メダルおめでとう!
 熱狂の渦のセントラルスクェアで、我々は前日に演奏したんです! そう考えただけで、なんだかわくわくします。(って演奏した日が 前後どちらかへ、1日ずれていれば・・・・残念!)
表彰台の後ろにあった、金メダリストの立つ場所を示す"1"のマーク の場所でティンパニを叩きました(ってことは、船木選手と同じ場所 に立ったんです・・・・超ミーハー!)
 今回は手伝ってくださったボランティアの人数も多く、親切な人達でした! 前回のセキュリティを重要視する選手村のセキュリティ担当者と来場者を 楽しませる場所での、介添え役のボランティア、それぞれ仕事の内容 も違うので仕方がないのかもしれませんが、心構えを少し変えるだけで 相手の感じ方も違うんですね!

  '98.2.17


 船木・原田・清水選手メダル獲得おめでとう!
 というわけで、屋外競技の表彰式会場(セントラルスクェア)に、 娘と二人で表彰式を見に行きました。・・・が、30分以上前に 行ったのに、時すでに遥かに遅しで、会場外の特設オーロラビジョン の前に陣取る羽目になりました。スクェア内の観客の声は、PAを 通って来ないので、あまり興奮が伝わってこない・・・したがって、 待っているのが寒い!!!
 それでも、ジャンプの表彰が終わって後ろを振り向くと、すごい数の 人々々・・・・(長野の夜にこんなに人がいるなんて!)、ふと思った のは、日本人選手が屋外競技でメダルを取った日は、2日ともに、休み の日で、セントラルスクェアをあふれさせる要件が整っていたようです。 (里谷・船木の日は11日、船木・原田の日は15日)。
 明日はこのセントラルスクェアで、ボランティア演奏です。(日本人が 絡んできそうな日ではないし、ウィークデーだし・・・)

  '98.2.15


 岡崎選手銅メダルおめでとう!
 女子500mの日本選手は全てすごかったと思います。ムードメーカー を自認した楠瀬、三宮両選手、岡崎へのライバル心むき出しにした島崎選手 (結果的に岡崎のタイムを引き出した)これら全てが岡崎の銅メダルを作った のでしょう。朋美スマイルってしばらくマスコミは騒ぐんだろうな!
 結果的には残念だったけど、荻原兄弟もすごい!カーリング男子対アメリカ戦 は極めて惜しい!!
 明日はジャンプラージヒル、今度こそ原田に幸運の女神が微笑みますように! (別に船木でもいいですけど・・・・)いい結果が出たら、セントラルスクェア へ行こうかな。(ここ数日は、帰宅途中にちょっと覗いてきてます。)

 P.S バレンタインデーでも、チョコは妻+娘から1個だけ・・・・

  '98.2.14


 長野オリンピック、清水・里谷・船木選手おめでとう!
 今日、オリンピック文化ボランティアとして選手村で 演奏しました。
その出入り口のセキュリティチェック担当者(これも、ボランティア だと思いますが)の対応について一言。
 まず、楽器と人間だけが先に入るため、人間輸送用の車をゲートの 外に置いてあとから離れた駐車場へ入れるのですが、本来であれば文化ボランティアの担当者が 一緒に出るべき所、次の団体の車と一緒に移動させるため、村内 に入っていたその車に、担当者が乗ってしまったのです。
我々はその担当者の指示の下、セキュリティゲートを出ようとした ところ、「文化ボランティアのカードを返せ!、出れば二度と入れま せんよ」の一点張り(理由を説明しても)それも、厳しい口調で!
最後はその人達の腕を振り払って(ちょっとおおげさ)文ボラ(?) 担当者の所へ行き、説明しましてもらいましたが、結局その文ボラ 担当者が頭を下げる(私たちへではなく、セキュリティチェック担当者に)という結末。
 セキュリティ担当者に「あなた達の対応は気分を害します、気を付けた方が いいです!」と申し上げたところ、「決まりですから!」とのお答え(?)
 選手村は人も車も出入りは最大級のセキュリティを持って 対応しなければなりません、現に過去には選手村でテロがあった オリンピックもありました。そんなことは百も承知です。
 ただ、決まり(つまり、マニュアル)には「相手の気分を害せ」と 書いてあったのでしょうか。(私の発言への対応からするとそのように 書いてあると理解できますが・・・・)文化ボランティアなんて、村内のルールを よくわからない人達です、その人達に丁寧に説明するってくらいの余裕 はないのでしょうか?  

  '98.2.11


 長野オリンピック、日本初のメダルは明日か!がんばれ清水選手!!
 今日オリンピック文化プログラムの一つ”鼓童”の演奏会を聞いてきました。 鼓童の名前が長野(松本?)にも知れ渡っているのか、オリンピック関連イベント だからか、はたまた、各地の和太鼓愛好家達が動員したのか、会場はかなり大勢 の人が入っていました。
 演奏が始まった瞬間から”すごい!!”の一言、曲間を含めて、聞いていて気が抜けるときがあ りませんでした。和太鼓集団ですから、豪快な演奏というのは当たり前ですが、 静寂の中にほとんど聞こえないかすかな音、から地響きのような音まで、技術と 鍛錬の上に構成される演奏は、パフォーマンスであり和太鼓による打楽器アンサンブル であり・・・(表現できない)。
 アンコールの和太鼓スルド(???)による和製サンバでのメンバーの笑顔が とてもさわやかでした。
 とにかく、そこいらへんの「○○太鼓」なんていうのとは同じ楽器を使うけど 全く違う音楽でしょう(ごめんなさい)。

  '98.2.9


 ついに長野オリンピックが開幕しました。
 長野にいても、実際はTVで開会式を見ていただけですが、やはり身近に感じる せいか、感動もひとしおです。特に子供達の雪ん子の踊りに、じんと来るものがありました。 モンゴル選手団(団というには小さいですが)の先導は、我が娘の小学校の児童会長だった とか。
 午後善光寺から表彰式場に出てみましたが、すごい数の人!自民党の森総務会長(役職 違った?)がいたり、息子がピン(バッジ)を複数の外人からもらったり、いつにない 雰囲気です。
 夜、交通規制が解除されたあと、オリンピックスタジアムの裏の道へ聖火を見に行きました。 同じことを考えているミーハーが沢山いて、その周辺だけ渋滞していました(^^;

  '98.2.7


 長野市にいながら、オリンピックのネタがあまりないのではいけませんね。
 いよいよ、長野オリンピックは7日から始まります。長野市内はオリンピック 関連(外国人、ボランティア、スポンサーの看板、シャトルバスetc.)で活気づいて います。しかし、街角ごとに各都道府県警のお巡りさん達が警備に当たっています。 その数なんと4,000人とか。早朝から警備のヘリも飛び交っています。テロ、要人警護等々大変な仕事だと思いますが、 オリンピックは華やかなだけでなく、こういう厳しい側面もあるのだと緊張します。
 ところで、書店にはオリンピックを批判した書籍が山積みになっており、かなり売れている ようです。まだ拾い読みしただけですが、しっかりした取材の元に書かれたものである ことは、確かなようです。
 しかし、今は、この大イベントが始まってしまった以上成功させることに努めるべきだと 思います。批判することは簡単ですが、現場でがんばっているNAOC職員(上層部とは 言いません)、ボランティア、純粋に楽しみにしている子供 達、素晴らしい記録を目指すアスリート達のために成功を祈るべきでしょう。
 本の中で、オリンピック批判を繰り返す筆者自身が、彼の言う「協調性がなく他人の足 をひっぱる信州人」とオーバーラップしますし(彼は群馬県人)、「商業五輪」と この時期に出版するという「商業性」を比較しても、どっちもどっちっていうレベル じゃないでしょうか。
 情報は等しく公開されるべきですし、言論を封殺しようという考え方はやはり間違っていますが、 この本の出版の意図するところに、崇高な理念は感じられませんね。

  '98.2.4


 第10回の演奏会は無事終了しました。10回目ともなると度胸も付いてきたのか ステリハでうまく行かなかった点が、かなり本番で出来たというところが多かったと 思います。(当然逆もあります・・・きっぱり断言)
 ただ、本番だけ出来てもただの偶然、練習できっちり出来なかった者は本物ではない 。という考えもあることは事実です。それが、これからの我々の課題でしょうか。 (と、強気な発言をしてますが、でたらめやってごまかしたのは・・・当然私です)
 今回の一番の問題は、お客さんが少なかったこと。我が社のように小さいグループで 集客力を持つには、どのようにしたらいいのでしょうか?
 しかし、来場者が少なかった中で、東京、神奈川、大阪、岩手、新潟等々県外の方も 多くいらしてくださいました。遠路本当にありがとうございました。

  '98.2.1


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