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 久々の、ひとりごとです。仕事とコンサートのプログラム(パンフレット)原稿の作成でHPに手を出している暇がありませんでした。
 ようやく、プログラムの入稿が終わったので、ちょっと書きます(って練習が先でしょうが!)
 11回目のコンサートともなると、プログラムの作成も産みの苦しみです。少しでも、費用削減のため、パソコンで打ち出したものを写真製版で印刷するという方法でやってますが、そのためにはすべて自前でやらなければならないということ。マンネリになってはいけないと思いつつ、どうも最近は定型的になっているなあ〜,とも思う今日この頃・・・・
 出来映えは、'98.7.5のコンサートに来た人だけが見ることが出来ます。

 '98.6.24


 ちょっと、このコーナーのアップデートが減ってしまっていますが、少々仕事が忙しかったり、タム・アム・ラがお座敷かかったり、オケのトラで出たり、タム・アム・ラ本来の練習だったり、HPの更新には悪い条件が重なっています。(この後はコンサート直前の練習や,プログラム/パンフレット作りが待っています・・・ちょっと疲れ気味)
 7,000人のご来場者があったというのに,この状態では10,000人は夢のまた夢・・
 巷では、ワールドカップで大騒ぎですが,ほんの数ヶ月前のオリンピックのことは忘れて,ワールドカップの経済効果なんて試算も出ています(冬季五輪の経済効果がしっかり現れていれば、いまごろ日本経済トリプル安の展開なんてこと関係ないはずだったのに,ってことはワールドカップ後の状態も予想できますね)
 アルゼンチン戦は大健闘ではあったけれど,無得点だったってことは、無限大の点差があったってことです。2−1だったらそれこそ大健闘だと思いますが・・・・
 クロアチア戦でも同様な展開が予想されます(むしろ点差がついたりして!)そして終わって見れば,日本の熱しやすく冷めやすいマスコミは,「岡田采配のミス・・・・・何故カズをはずしたか!」といった,論調に変わるのでしょう。(当たらないことを祈るのみ)

 '98.6.15


6月1日に東京は日本青年館で開催された,アメリカのプロのパーカッションアンサンブル「パルス」のコンサートを聴きに行った,倉崎代表夫妻のレポートです。(僕も行きたかったけど,女房の勤務/仕事のパートナーの急病/自分の突発仕事の三重苦で行けませんでした・・・ウ〜ン今でも悔しい!)
6月1日にパルスパーカッションアンサンブルのコンサートに行きましたので、感想などを少し報告します。
会場は神宮球場に近い、日本青年館というところでした。千人位のキャパのホールでしたが、お客はいっぱい にならず、後で聞いた数字では700弱でした。東京でもお客が入らないという事は、打楽器アンサンブルで 客を呼ぶのがいかに難しいかという事でしょう。但し客席やロビーを見渡すと、岡田知之さんは当然として、 山口浩一さん、百瀬和紀さん、菅原淳さん などプロも大勢いて、玄人にはおもしろい演奏会だなと思いました。 (岡田さん、山口さん、百瀬さんとはOFFの方でご一緒しました。それについては後の方で書きます)
プログラムですが、前半はカウエルやケージ等のオリジナル曲で後半は中近東やアジアの民族音楽をアレンジ した曲というものでした。
注目のパルスですが、ライスボールはすり鉢を使っていました。それを頭がアクリルかプラスチックの様な マレットでその内側を叩いていました。結構大きな音がして、回りの音にも消されず、はっきり聞こえました。 後で岡田先生に聞いたところ、すり鉢はニューヨークからわざわざ持ってきたそうです。 日本にすり鉢があるのを知らなかったようです。
ドラをミュートする布の掛けかたを工夫してありました。(練習の時に現物で説明します)
オンファロはマリンバ3台でやっていました。最初は1と3が1台のマリンバを使い、途中から3と4が1台に なります。最後は1と4で1台になりました。テンポは少し遅めで、落ち着いた演奏に聞こえました。 3がシェーカーを振りながらグリサンドするところは、細い木の棒を束ねた長いほうきのような物を使っていて、 面白い音が聞こえました。途中2が少し落ちたところがあり、一瞬空白ができてヒヤっとしました。 サードコンストラクションを暗譜でやっている人がいました。一番年長の人で、やりなれているなという感じで した。
1人一人の技術の高さは、ものすごいものだなと思いました。コンガを叩く時の手のしなりや本当に鞭のような 腕の動きは美しくさえ見えました。以前近藤君がレポートした内容にもありましたが、全員がテンポ、リズムを 共有しているというのが、見ていてよくわかりました。 ステージ上はとてもリラックスしていて、演奏中もお互いにニコニコしながら楽しそうでした。
それがお客の方にも伝わってきて、会場全体がのってきたなと感じました。 これはとっても大事な事だと思います。ぼくらももっと楽しそうにできるようにしましょう。
セッティングは休憩の前と後で大きく変更しましたが、途中は時間がかからないように工夫されていました。 説明が面倒なので後で話しますが、基本的には楽器は全てステージに出ていて奏者が移動するという形です。
さてOFFの方ですが、PPNのメンバー10人位をはじめ岡田先生が声を掛けた山口先生、百瀬先生、 神谷百子さん(マリンバ奏者)、三村奈々恵さん(マリンバ奏者)など、そしてパルスのメンバーおよび関係者 と全部で30人位でした。パルスの人とは席が離れてしまいあまり話しが出来ませんでしたが、岡田先生はすぐ そばでしたし、正面には神谷さんがいて、裕子のとなりには百瀬先生、裕子の背中合わせに山口先生と 怱怱たる人に囲まれて話もはずみました。
我々の過去のプログラムや、次回のチラシをみせていろいろ話しましたが、特に前回の日本人のプログラムは すごいと言われました。岡田先生から毎年夏のムジカコスモコンサートに是非出て下さいと誘われました。 楽器は持ってこなくていいそうです。特殊なものを除いて全て主催者の方で準備するそうです。体だけ来て下さ いと言われました。今年はもう出演団体が決まっていましたが、来年は前向きに考えましょう。
また百瀬さんは長野へは良く行くので、そのうち是非顔を出したいとも言われました。 各先生の住所および電話番号、サイン等をしっかり頂いてきてあります。 一次会は11時半頃にクローズしましたが、百瀬さんが次へ行こうと誘って下さったので、PPNの都筑さん 笠原さん(この2名は1月に来てくれた人)他3名、及び山口先生とそのお供の方と二次会に行きました。
私と裕子は百瀬さんの車で、途中百瀬さんの自宅に寄り、スタジオまで見せて頂きました。 山口先生は新井の寸分道などの人たちを知っていて、話がはずみました。
とにかくいい演奏会およびOFFでした。

 '98.6.4


 最近の周辺のアマチュアコンサートのポスターやチラシを見ていると、我々と同じようにパソコン等での自作とおぼしきものが増えてきました。
 特に、小さめの団体やスプリングコンサートとかの定期のサブになるコンサートなど、予算が小さめのものが多いようです。(我がグループは自分たちで作ってもお金が足りませんが・・・・)。
 自分のことは棚に上げて、ちょっと(いっぱい?)言っちゃいますが、一部に見られるように,明らかにワープロなどで作ったことがありありってのはどうでしょうか?いかにも安くあげましたって言うイメージを感じます。
 もうちょっと人に見せる以上芸がほしい?なんて強気な発言をしたりして(勝手なこと言ってごめんなさい)

 '98.5.28


 史上初の兄弟横綱誕生!ってニュースで盛り上がっていますが、ほとんどみんなが「横綱になんかなってお兄ちゃんかわいそうに」と心のどこかで思っているように感じます(偏見?)
 あの小さな体(といっても181cmもあるんですってね/新聞の見間違いかな)でけがを克服しながらここまでがんばったけど、横綱になればもう後がない、崖っぷちの取り組みが毎日続く、こんな状態で何場所持つのでしょうか。力士寿命を縮めてしまったように思うのですが。
 2場所連続優勝だって弟の調子が悪かったからって要素もあると思うのですが・・・・って悪い方ばかり考えずにこれからのお兄ちゃんの活躍に期待しましょう。
 ところで、弟君の病気休場等の功績(?)は、
1 曙が五輪土俵入りをして日本の国際性を世界にアピールした。
2 お兄ちゃんが横綱になれた  さすが、大横綱転んでもただでは起きない!

 '98.5.27


 ピンバッチに限らず、今の長野市内はオリンピックの後という印象を与えるものをあえて消し去っているって感じます。
 商業主義五輪の弊害でしょうか、五輪関係のものはほとんどスポンサー付きで、スポンサー契約期間が過ぎるとはずされてしまう、ということなのでしょう。
 過ぎてしまった五輪の感傷に浸っているよりは、忘れた方がいいのかもしれませんが、でも世紀の大イベントを成し遂げた街だという、誇り(?ってほどでもない??)をアピールすることも必要でしょう。なにより、五輪の街を見に来た人達に、今のままでは何の印象も残さないと思うのです。
 一部には、行政の力を頼ろうとする意見もあるようですが、今こそ住民パワーなのではないでしょうか、なぜなら、今はもうNAOCやIOCのお役所的な規制はなくなっているのですから、今こそ「官製五輪」などと揶揄した(された)人達の出番なのです。
 たとえば、地域ごとにオリジナルのピンバッチを持っていて、外からきた人にはあげたり、交換したりする習慣とか、音楽団体はすべてオリジナルのピンズを作って、トラできた人にあげるとか(トラさんの出演料も値切れるぞ!),五輪後の長野の独自文化って感じでいいと思うんだけどな(ってただのピンズヲタクの発想じゃないか・・・・)

 '98.5.22


 長野市内のピンズ(ピンバッチ)ブームは,一時期の熱気は少々さめたもののまだまだ続いています。
 長野駅前の露天商(外国人が多い:あんた達そんなことで食ってけるのかよ!),休日のセントラルスクェア前(これは日本人も多い),長野駅近くのテナントビルの中庭等々です。
 これが、長野の新名所になればいいと思うのですが、単なるブームで終わる危惧もあります。というのは、売っているのは、当然売れ筋でしょうから、長野オリンピック(または過去のオリンピック)または、W杯のもので、その他といえば、子供向けのキャラクターものです。
 露天で出ている店はしようがないですが、善光寺の仲見世とかもそんなのばかり、ピンズブームを長野の新たな観光資源(とまでいわずとも)にしようと考えるなら、過去の遺産にすがっていてはいけないような気がします。全くオリジナルの(おみやげ)ピンズがない!これではいけませんよね。商売にする人たちなら、ピンズの初期投資なんて安いものでしょうに(現に五輪ものでは贋作大量発生状態を見ればわかる)
 以下後日・・・

 '98.5.21


 もう一回パソコンネタだったりするけれど,今度の演奏会に向けて、ポスターやチラシを 作っていますが、グラフィックソフトをCorel Draw 3J から7Jにヴァージョンアップしています。
 なかなか、多機能になっており、印刷の設定にはフルカラー用版下作成のための、4色分解や、トンボの打ち込みなどがついています。調子に乗って印刷屋さんにポスターをフルカラーで見積もったら、モノカラーで3万弱のところが、10万円弱の見積もりになりました。(つまり、今回のポスターも単色印刷になります・・・・)
 ところで多機能になった反面、以前の(といってもだいぶ昔の)ヴァージョンのファイルを読み込むと若干違うニュアンスだったり(他のソフトと組み合わせなければほとんど大丈夫)今までのCPUとメモリでは相当重かったり、800x600ドットの画面でも狭かったりとネガティブな要素もいくつか見られるようです。(何より機能を覚えるのが大変/使いこなせない)

 '98.5.18


 MS社がWin98に閲覧ソフト(Internet Explorer)を添付して販売することが違法でない ということで、米国司法省が敗訴とかなんとかいうNewsがありました。
 自由競争をしているうちは、公的権力が関与しない方がいいに決まっていますが、米国的 自由競争というのは、強い奴が強いままに弱いものを徹底的にいじめても、違法な手段を使 わない限り自由競争であり、そこで負けたら、負けた奴が悪い!という論理ですね。
 でも、そうやって弱いものをいじめ抜き,周りに誰もいなくなったら、誰と競争するの だろう。(ビル君の幼少期って友達いたのかな?って素朴な疑問・・・・)
 科学技術(コンピュータ技術)の進歩は必要だけれど、前と同じことをするのに、より速い機械(CPU),より多くのメモリが必要で,陳腐化した旧型機は産業廃棄物,これが科学技術の進歩なら,進歩しなくてもいいって気もする・・・・(立ち上げたとたんにI.E4.0とアクティブデスクトップが立ち上がり、WEBサーフィンなんかしたことなく,ワープロや表計算(別名ワードとエクセル)しか使わないのに96MBっていうノートPCユーザーが今の平均的姿だったりして・・・・・その場合の機械はN社のラヴィーNXだったりする。)

 '98.5.14


 下社御柱祭里曳きのにぎやかな雰囲気をちょっとだけ(実際の御柱は見ませんでしたが) 味わってきました。
 7年(目)に1度の大祭ということもあり、とてもにぎやかでしたが、特に若い人達 が多く参加しているのにはびっくりしました。古式ゆかしき祭礼というより、カーニバル っていう感じかな。
 異文化(失礼かな?)を知ることはとても大切なことです。次回はぜひ木落としを見たい と思います。
 その後、長野県少年少女合唱祭のトラで出ましたが、演奏会の最初と最後に出番がある ので、その間約3時間を消化するため、自分たちの演奏会用の資材(チラシ等の用紙) を本番中に買いに行きました。(なかなか出来る経験ではない・・・・・)
 子供達の歌声を聞くのも必要なのですが、一階席は出演のこどもばかり、2階席 は出演者のおじいちゃん・おばあちゃんばかり(パパママ達は係員で総動員(^ ^;)という ことで、座ってじっくりっていう席がなし・・・

 '98.5.8


 GW明けの3日間は長かった!週末をゆっくりと思ったら・・・
 土曜は諏訪大社下社の御柱里曳き(女房が見たいというので)に家族を送ったら、 自分は松本へ戻り仕事(休みの日なのに)、日曜は朝イチで諏訪から長野に戻り、 長野少年少女合唱団のトラ(最初と最後しか出番がない・・・・)で、 それが終わって夕方からタム・アム・ラの練習・・・・・疲れそう・・・
 '98.5.8


 GWはほとんどどこへも行かずでしたが、超身近なところで、女房の実家(諏訪) で、下社御柱の木落とし坂と木落としが済んで里曳きまでの間のしばし休息の 御柱(そのもの)を見たりしました。あの太い木があのすごい坂を落ちるなんて、 それに人が乗っているなんて信じられない!
 でも、賛否両論あるでしょうが、木遣りはいいけど、ラッパ(突撃ラッパ)って 祭りの雰囲気と違うんじゃない?と思ったりします。
 今日は休み明けの仕事、調子を一気に戻すために、事前に外回りの仕事をいっぱい 入れてみました(100km走行)が、やっぱり、疲れました!

 '98.5.6


 5月になりました!今日はいかにも五月晴れといった空が広がっています。(午後からは天気が悪くなるようですが)
 風に乗って、近くの野球場の高校野球地区大会(春の大会=甲子園は関係なし)のアナウンスなどが聞こえてきます。
春の演奏会シーズンも始まったようで、知り合いの少年少女合唱団の手伝いの話が入ってきました。子供達の中でおじさん(おとうさん?)というのは少々恥ずかしいですが,今日の夕方最初の練習に行って来ます。

 '98.5.2


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