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掲載内容は管理人個人のたわごとでして、タム・アム・ラ パーカッショングループ
全体の意見を代表しているわけではありません(言わなくてもわかるよね?!)


 Blog:
 あたらしもの好きの私としては、前々からBlogというものが気にはなっていたのですが、意味も使い方もわからないので手を出さないでいました。
 今でも意味はわかっていませんが、とりあえず始めてみました。(コメントやトラックバックの設定もせずに?)一応たわごとはBlogに書いていますので、物好きな方はそちらをどうぞ。
***Blogはこちらです。***
 でも、多分うまくいかなくてこのページに戻ってくることになるとは思うのですが・・・・・

  '04.4.26


 自己責任:
 イラクの人質事件は新たに2名の拘束者が出てしまいました。
 安全を思うあまりの、少々強い対応を報道され、逆に心ない仕打ちを受ける家族の人たち。情報の混乱を理由に「報道統制」を図る政府。なんだか糸は複雑に絡んでしまったようです。
 「人質作戦」の「犯人たち」が要求している、不当な要求(=「イラク復興・人道支援」のための自衛隊撤退)に応じる理由はない。という理論は正論です。しかし、「平和な地域」だから派遣すると強弁した首相はこういった事態を想定していたか、はなはだ疑問です。
 また、「イラク人のため」に活動しているのにもかかわらず、拘束されてしまった人たちの一刻も早い無事な解放を望むことには違いありませんが、彼らも決して安全な場所に行くわけではないことは百も承知であったでしょうし、「死を覚悟で」イラクに向かったはずです。一部政権与党や外務省の人たちの発言「自己責任」は平和ボケした私たちとしては肝に銘じなければいけないことです。
 ただこの「自己責任」という言葉も「グローバリゼーション」「規制緩和」などと同じく、一歩間違えると強者の論理になりかねません。
 自分で汲んだわき水を飲んだり、自分が取ってきた毒キノコで具合が悪くなってもそれは「自己責任」であるはずですが、売っている薬を飲んで副作用が出ても、説明書を読まなかったら「自己責任」ではそれは違うように思います。

  '04.4.15


 丸くなる?:
 よく「あの人は歳を重ねてずいぶん丸くなった」と言うことがあります。歳を取ってずいぶん太ってしまった人も中にはいるでしょうが(いや多い?!)、通常は別の意味です。
 当然丸くなる前の鋭い切れ味に、切られた方はたまりませんから、「丸くなる」ことはほとんどの場合は良い印象で捉えられます。
 が、「丸くなる」と「鈍る(なまる)」とは、印象はかなり違いますが、実際はもしかしたら同じようなことなのかも知れません。
 自分の場合、仕事関係で色々と自分の意見を持っていたことについて、(以前も書いた)「端から否定される雰囲気」の中で、あえて強く意見を述べることをこの一年差し控えてきました。
 多分、周囲の人は「丸くなった」と思っているのでしょうが、意見を自分の中に飲み込むよりも、だんだんどうでもよくなっていってしまっている自分は間違っても「丸くなった」のではなく「鈍った(なまった)」んだと思います。

  '04.3.22


 選択:
 昨日、2つの大きな難しい選択がありました。
 1つは言わずと知れた「Qちゃん」問題、陸連や土佐選手に脅迫まがいな電話などが続いているそうですが、選考委員の増田明美元選手(現在女子マラソン名解説者)がコメントしたという「高橋選手を落としたことに対して非難があることは間違いない、しかし高橋選手を選考した場合の非難には抗しきれない(要旨)」で全てが語られているように思います。
 今回の選択そのものは決して間違ってはいないと思いますが、オリンピックでの金メダルの実績はきわめて大きいものです。個人的には「金メダルの実績=シード」という選択肢が事前にあって良かったように思います。それとは別に、土佐選手などに対する脅迫や、選択された3選手がオリンピックでもし金メダルを取れなかった場合に予想される「それ見たことか!」的なマスコミ報道は、論評するに値しないレベルです。
 2つ目はスペインの列車爆破テロ後の状況、結果として与党が敗北し、政権交代、イラクからの撤退という方向になりそうです。元々イラク派兵に対して全幅の信頼を置いていない国民が、無惨な犠牲者達を目の当たりにして、イラク派兵を進めている政権党を罷免するという心情はよくわかります。しかし、その結果がテロリスト達を利することになることも事実です・・・・・とても難しい選択だと思います。
 ただ、味を占めたテロリスト達が、アメリカに追従する日本、それも今年ある国政選挙=参院選あたりをねらってきたらどうしましょう・・・・・・、日本人の行動パターンからしたらスペイン以上にテロリストを利する流れになることは明白です。(ただカウボーイ大統領の顔色ばかりうかがっている小泉某さんだいじょうぶ?)

  '04.3.16


 鳥インフルエンザ:
 京都の養鶏業者のあまりにひどい対応にはあ然としてしまいます。
 もし今後日本で鳥インフルエンザが蔓延したとすると、この業者の行動がかなり影響してのことといっても過言ではないと思われます。
 動物の飼育→食品の流通(食の安全)とどちらの観点から見ても感染症対策は危機管理の最重要課題なはずです、養鶏業は低価格の市場の中でかなり苦しい経営なのでしょうが、目の前の経済効率にしか目がいっていなかったとすれば、あまりにはずれた感性の持ち主です。
 結局目の前のお金のために、その後の莫大な損失(補償も・信用失墜も)を手に入れてしまったわけです。雪印食品と同じ末路が見えてきます。

  '04.3.1


 ようやく一審判決:
 ひげの教祖の一審判決がようやく下されます。サリンという化学兵器の名前をどこの国より一般国民がよく知っている国になってしまった、首都を含む複数の都市が化学兵器によるテロにあい、現実に多くの犠牲者が出た唯一の先進国になってしまった。全てが彼の欲望から起こったことです。
 いやな思い出ですが、「松本サリン」はタムアムラにとっても全く関係のない話ではありません。実際の仕事で(偶然ではあるものの結果的に)この問題に関わったメンバーが2人います。
 従来の行政や(警察が)全く想定もしていなかった事件(当時は事件なのか事故なのかさえ???)に突然直面させられた中で、分析、情報収集、情報公開、情報提供、(血に飢えたハイエナのような)マスコミ対策などなど、それぞれに表には出ないけれど的確な対応をした何人もの人たちがいました。科学者としての真実への探求心、「人の命・健康」こそ至上命題であるとする医療技術者としての心意気・・・・。
 こんな状況が二度と起こってはいけないことですが、こういったせっぱ詰まった状況では、その人の仕事に対するスタンスがとても鮮明に見えました。間違っても「前例踏襲:事なかれ主義」が通用する世界ではありませんでした。

  '04.2.25


 アンコン東海大会(その2):
 中学の全国出場は、長野県の小県東部中学のサックス5重奏(天野正道「セカンドバトル」)と三重県の木管八重奏(コーカサスの風景)でした。
 小県東部はとにかく勢いのある演奏で(曲想もそのとおり)、力業(金井先生の風貌のように・・・失礼しました)で代表権をかっさらった!といった感じです。飛び抜けて上手い演奏でもなかったかもしれませんが、代表になったことに異存があるという人もほとんどいないと思います。
 一方の「コーカサスの風景」はオーケストラの曲を木管編成にアレンジしたもので、前半のゆったりした部分はまだしも、後半のマーチは持続的なクレッシェンドが木管だけでは力が足りない感があり、最後はただメロディーが何回か繰り返されているだけといった印象でした・・・・。
 アンコンで、他のより大きな編成(オケや吹奏楽の曲)の曲のアレンジをやってはいけないという決まりはないはずですが、アンサンブルの良さ、アンサンブルをやる意義といったものとはちょっと違うようにも思います。
 ほかにも、オケの曲のアレンジを木管・打楽器混成でやっているところがありましたが、打楽器は鍵盤が中心で、原曲で書かれているソロ以外は和音をバックでサポートすることがほとんど・・・・。打楽器奏者もそれだけを何ヶ月もやっているかと思うと少々かわいそうでした。
 編成という観点から見ると、打楽器七重奏を5人で演奏し、かつ「コンチェルト」なのにソロパートがあの人になったり、この人になったり・・・・・、5人しかいないのなら、はじめから5重奏曲を選べばいいのに、という素朴な疑問を持ってしまった演奏もありました。
 楽譜に指定してある人数よりも多くで演奏するのは、アンコンでは御法度だと聞きましたが、指定より少ない人数で演奏するということは、よほど高度なマルチ奏法でもやらない限り、(原理的には)楽譜上の音が抜けてしまうはずです。作曲者が意図した「音・音楽」を作るためには、むしろ少ない人数の方が御法度(とまで断定は出来ないけど)のようにも思えます。

  '04.2.19


 アンコン東海大会(その1かな?):
 娘たちの応援団ということで、静岡まで行ってきました。娘のことはノーコメント(というか結果はどうあれここまでよく頑張ったという親ばかコメント)ということにさせたいただきますが・・・・。
 打楽器アンサンブルについて少々見てきた印象を、勝手に書いてみます。
 打楽器は全部で5団体、三重1、岐阜3、静岡1という構成で、肝心の愛知、長野がないというのが少々というか、かなり残念です。
 各団体ともさすがに東海大会まで来ていますから、非常に練習量の豊富さがわかる、しっかり作り込まれた演奏でした。そして、他の編成ではそんなに重きが置かれていない「視覚」がかなり重要なポイントであることが感じられることとして、各チームともセーターだったりシャツだったり、活発な印象を与える服装です。
 そういった「視覚」はむしろ好印象なのですが、問題な(というか個人的に気になる)のは動作です。
 まず、和太鼓の演舞を思わせるような独特の動作(演技?)には、ちょっと面食らいました。和太鼓の場合そういった演技を含んだバチ捌きは、西洋の太鼓に比べて圧倒的に張力の強い和太鼓から芯のある音を出すために必要なことなのかもしれませんし、達人のバチ捌きはとてもしなやかです。ところが、今回見させていただいた「演舞(?)」はバチ捌きはとても硬く、特にティンパニの音の響きを意図的に殺しているようにさえ感じました。
 それとは別の団体が、非常に快活に、かなりアップテンポで(少なくとも僕の印象では・・・)定番の曲を演奏していました。とても楽しそうな演奏であったことは良いのですが、Maxの音量を大きく取るせいか、それともやはり動作を印象づけるためか、鍵盤打楽器のマレットを非常に大きく振幅させた演奏です。太鼓系の楽器と違ってマリンバなどはMaxの音量には限界があるように思いますし、あの音盤の幅にあれだけの大きな振幅でよくもまあミスタッチをしないものだと、感心してしまいました。むしろ、太鼓系を抑えるなど全体のダイナミックレンジを下げた方が良いと考えるのは、消極的なんでしょうか?
 もう一団体、我々から見ると当たり前な、しかしレベルの高い演奏をする団体もありました。中学生にしては少々「かわいげがない」気がしないわけではないですが、そういった演奏はやはり「地味」に見えてしまいます。コンテストは競争ですから「地味」よりも「派手」にシフトする・・・・心情的にはわからないわけではありませんが、もし、オーソドックスな演奏が評価されないとしたら残念なことです。
 最初の「演舞」のように、アンコンにおける打楽器アンサンブルが、打楽器音楽の中で「独自の世界・進化」をすること自体を否定するつもりもありませんし、そういうことは十分あり得ると思いますが、楽器の音よりも演技が大事であるならば、それははたして「音楽」なのでしょうか?

  '04.2.18


 BSE問題:
 米国で発生した狂牛病関連で○野屋の牛丼が販売を中止!とマスコミでは大々的に取り上げています。
 発生源の米国は、日本のような全頭検査は非科学的(ナンセンス)と日本を非難し、輸入解禁を迫っていますが、国内の調査・検査体制はお粗末そのものです。自国の論理を他国に強要しても、顧客はその他国なのですから、買ってくれなきゃそれまでなはずですがね。
 一方の日本は「食の安全」に対して「敏感」なはずの国民が「最後の牛丼」に列をなしています。当然緩い検査を通過してきた「科学的に安全」な牛肉!なのに・・・・・ましてや、マスコミのインタビューに「おいしいですね!」なんて答えて、この騒動の中で初めて牛丼を食べたことがバレバレなおねぇちゃん・おばちゃん!牛丼がなければ生きていけないっていう苦学生(今時いるか?)の首を絞めるのに手を貸すようなまね(だって牛丼最後の日を早くするために手を貸したってことですから)はやめましょう!良い意味でない日本人らしさが大暴れです!
 農水省の厳格な措置だって、「国民の食の安全保護」なのか「国内生産者の保護」なのかよくわかりませんし、○野屋だって「牛丼文化」の火を絶やさないためにも、価格を3倍にしてでも国産牛を使えばいいと思うのですが・・・やっぱ商売ですもの・・・儲からなきゃしょうがないでしょうか?
(とはいえ、焼き鳥丼も鳥インフルエンザでやばそうですからお祓いが必要でしょう)
  '04.2.11


 大型ウイルス:
 実際の世の中でも「鳥インフルエンザ」、「SARS」、「(普通の)インフルエンザ」などなど話題に事欠かない毎日ですが、ヴァーチャル世界(?)でも「Mydoom」なる久々(でもないか)の大流行ウイルスが発生しています。hi,test等のタイトルの添付ファイル付きメール来たら即削除!です。こんなご時世に、職場の同僚が自宅のPCへtestなる添付ファイル付きのメールを送って、奥様に怒られた!!とか聞きましたが・・・
 数日前までは職場のPCへ相当量のウイルスメールが来ていました(サーバーでウイルスメールを検知すると、ウイルスを削除し、その旨の警告メールが来るので、到着メール数は倍になります)が、二日ほど前から私の自宅アドレスにも届くようになりました。知り合いの著名なプロの方とか、別の地方の打楽器グループの方のメールアドレスからもウイルスメールが来たので、その方々が感染していないかどうか心配ですが、多分大丈夫でしょう・・・・、逆に考えると私のアドレスで皆さん達にウイルスメールは届いていないでしょうね?少なくとも現時点ではウイルスに感染してはいませんので、ご承知おきください。
 ちなみに、現在のウイルス対策は、ワクチンソフトは当然ですが、携帯でPCメールの受信サービスを利用しているので(有料ですが)、そこでウイルスメールを見つけた時点でサーバーから削除するという方法です。PC用のウイルスは携帯には感染しないはずですから・・・・・(だよね?)。

  '04.2.4


 アンコン県大会(木管特にクラリネット編):
 クラリネットには我が娘が出ていましたから、実は全然公平な耳で聴けなかったので、本当にたわ言だと思って以下を読んでください・・・・・
 今回のクラリネットは小編成(主に4重奏)と大編成7重奏に分かれ、強豪松本3校は全て大編成でした。結果的に代表は小編成の2校だったわけですが、聴いていたかなりの人は松本3校の方が成績が上だったと思ったことでしょう(特にちょっとでも楽器に関わっている人には)。
 私も、大編成(特に松本3校)のサウンドの豊かさ・重厚さ、技術の高さには圧倒されました。が、演奏を聴いている内に気持ちの中に何か引っかかるものがありました。
 昨夏のコンクールについてたわ言を書いたときと同じ印象なのですが、異常なくらい体を動かして「常に、思いっきり歌っています!」とアピールしている(ように見える)点、それに実際の音も全てがフォルテに聞こえるような・・・・「センプレ・モルト・エスプレッシーボ(そんな言葉有り?)」とでもいいたくなるような感じです。コース料理の全てが豪華なメインディッシュ・・・たった4分の内に食傷ぎみになりました。
 一方我が娘など小編成チームは、(曲にもよるのでしょうが)強弱、テンポ等メリハリがはっきりしており、スピード感、小気味よさがありました。なにより、表情が動作でなく(当然普通には体は動かしていますが)、音にあるという点では評価できたのではないかな?と思いました。(冒頭に書いたとおり、思い切り(えこ?)ひいき耳です)

  '04.1.27


 アンコン県大会(打楽器編):
 アンコン中学の部県大会を聴いてきました。肝心の打楽器アンサンブルは、遅れてしまい2チームしか聴けませんでしたが・・・・
 その2チームを聴く限りでは、1つは鍵盤だけのクラシックのアレンジもので、練習はしっかりしてあり、高度な曲も難なくこなしていました。が、個人的には中学生が鍵盤だけのアレンジものをアンコンでやる事に対する疑問を感じます。吹奏楽シーズンオフの今は、特に中学生にとっては演奏の基礎を鍛え上げる時期ですから、鍵盤楽器だけをひたすら練習するだけではいけないと思います。太鼓類がきっちり出来るようにならないと吹奏楽編成での打楽器の意味はなくなりますから。
 もう1つはマリンバ奏者はめちゃうまです(それも2人とも!)、しかし、太鼓系がついていってません・・・・ティンパニが冒頭から音程をはずしているってのはどういうことなんでしょう??少なくとも冒頭部分のチューニングは演奏前にするのですから、はずすのはとても難しいですよね・・・・・
 逆ひいき耳で聴くからなのでしょうか?打楽器と他の編成とではちょっとレベルに差があったように思います。やはり、中学生の技術力では、高度化した他の管楽器アンサンブルと同一土俵で評価するのはなかなか難しいのでしょうか??

  '04.1.25


 22回演奏会が終わって:
 22回の演奏会も終了しました。ケージとかハリソンという前衛音楽(とはいえ、作曲年代は今から60年も前でそれが前衛といえるのかどうか・・・・はなはだ疑問ですが)ばかりを揃えた演奏会でさすがタム・アム・ラ(というよりむしろメンバーKさん)の面目躍如といったところでしょうか。
 掲示板にも書きましたが、ある意味こういった極端なプログラムを組んだわけですから、拍手喝采ばかりでなく批判的な評価があってもおかしくないはずなのに、アンケートを見てもそういった論調のものはほとんどありませんでした(1人だけ「子供でも楽しめるものを」との意見あり+アンケートの回収がいつになく少なかったことは気になりますが)。
 当然、タム・アム・ラのコンサートに来るような強者の皆さんですから、「ケージ恐れるに足らず」なのかもしれません。それが正解と考えて良いんでしょうか。間違っても、タム・アム・ラがやるんだからすごいんだ(どういう意味で?)とか、音楽の歴史など教科書にも出ている「前衛音楽の旗手=ケージ」の作品だからすばらしいんだ。なんて思った方はいらっしゃいませんでしたよね。
 1桁の終わり位の回数の演奏会では、批判的だったり、厳しい論調のアンケート回答がありました。読んだときは「なにを〜!」とも思いましたが、それぞれそれなりに考えさせられるものばかりでした。お忙しい中ですが、出来れば多種多様な意見をいただければうれしいです。
 参考までに、私個人(あくまで個人的に)は、ケージの音楽は、今までに数曲しか身近に聴いたり演奏したりしたものはありませんが、あまり好みではありません。理由は実に稚拙な物ですが、1.空き缶の神経を逆なでするような刺激的な音が嫌い(実は子供の頃に中耳炎を患い耳は弱いんです)、2.レコードなどを音の素材とする、先人の作品をそういった使い方をする人間性(本当はどうか知らないけど)が嫌い、3.実験音楽というけれど、仕事柄実験というものはまずうまくいくことはないことを知っています、そういう意味で偶発的要素を実験という言葉に置き換えることが嫌い、4.打楽器奏者としての心理として、合わないリズムを聴いたり演奏することが嫌い・・・・・(非難囂々かな!?)
  '04.1.19


 22回演奏会を前に(私(←管理人)のハリソン考):
 年が変わったのに、独り言はすっかり無口です。22回目の演奏会の準備が忙しく・・・・ということだけでもなかったので、今年もHPの更新は希望が持てませんね m(_ _)m
 いよいよ明後日は22回演奏会です。ルー・ハリソン追悼特集ということで、ハリソンの他にはケージ、ホヴァネスといった作品だけのラインナップとなっています。
 ハリソンは、通常打楽器としては使われない廃物(車のブレーキ、鉄パイプ、植木鉢、たらいなど)や特殊な音を出す物(柱時計のコイル、お寺の鐘?)などを常用しています。特に身近な(廃)物から独特な音を発見し利用したことは評価できるのですが、「身近な」は彼の時代での身近さです。ハリソンで一番ポピュラーな「ブレーキドラム=ドラムブレーキ」や柱時計は、今では貴重な物です。今、彼の指定したとおりに楽器(?)を用意することは至難の業です。(P.Pあたりで借りれば、そんじょそこらの曲をやるよりもよっぽど高くつきます。)身近な物の精神(=音)を発見するはずの彼の音楽は、今では「希な」ものなのかもしれません。
 私たちの演奏は、「音(=譜面上)」としてはトレースできるのかもしれませんが、彼の精神をトレースしたことにはならない・・・・・時の流れが生んだ内部矛盾です。
(実は、練習不足で「音」としてもトレースできていないというのが実態です。)

  '04.1.16


 一年の最後に・・・:
 後一日で今年も終わりです。いつになくどたばたした年末だったので、年賀状の準備も出来ず、ようやく今日大体の分が投函できました。ということは当然ながら遠方の方へは元日には届きません。
 さて、がらにもなく今年一年を振り返ってみると、いろいろな演奏等に参加する機会があったようで、これだけは充実していたと言えると思います。
 長野市吹のウィーン公演(+もちろん観光)+ファミリーコンサート、タム・アム・ラ21回演奏会(福島優美さんとの協演)、福島さんの依頼演奏の手伝い、飯山北高文化祭、松本ウィンズコンソート定演+サマーコンサート、戸隠おらが村音楽祭、子供のためのピアノコンチェルト、長野フィル第九、日本のうたごえ祭典、カメラータナガノ、県高吹連講師x2、NJB講師、ひとりおぺら「土佐源氏」の楽器準備も・・・ウィーンの1週間を数えると、実に年間3週間も太鼓三昧だったことになります(練習日を加えると・・・)。
 本来やるべき、家庭サービスや社会的活動などをないがしろにして、よくもまぁこれだけやったもんだと自分ながらに感心しているところではあります。特に、ウィーンは病みつきになりそうです。
 来年はというと、1月18日にタム・アム・ラ22回演奏会(ルー・ハリソン特集=久々に濃いですよ!)が控えていますが、娘のクラブの保護者会というのに関与しなければならなくなり、今年のような演奏活動は控えなければいけなくなりそうで、少々残念ではあります。
 一年間皆様にはお世話になりました。それでは、一日早いですがよいお年をお迎えください

  '03.12.30


 この年末に・・・:
 いよいよ明日から師走です。世の中忙しなかったり、物騒だったりしていますが、こんな時期に職場を離れてS玉県某市で半月ほど研修となってしまいました。(一昨年もコンサート直前に当たってしまったやつですが・・・・)
 研修の内容はさておき、偶然桐朋音大打楽器アンサンブルのコンサートの日程にかぶったので、週末講義が終わったと同時に(と思っていましたが準備が遅れて・・・)電車を乗り継いでコンサート会場へ向かいました。残念ながら1曲目には間に合いませんでしたが、十分堪能してきました。
 我々とは違い「才能・環境・時間・若さ」をふんだんに使った演奏はうらやましい限りでした。一生懸命考えた(であろう)演出も素敵でした。

  '03.11.30


 衆議院選が終わって:
 選挙終了後、TVでは出口調査に基づき「政権第一党惨敗」「野党第一党大躍進」といった論調の報道がされていました。が、一夜明けたら「野党第一党(中)躍進」位で与野党の比率は改選前と全く変わらず状態でした。
 出口調査の精度はかなり高いと従前言われていましたが、なんで分析が実際と違ったんでしょうか??
 私が思うに、マニフェストとか新しい方向性を持ち込んだ野党第一党の選挙手法は、ある意味かっこよかったわけで、「投票してみたい」と思った人は多かったはずです。が、色々な事情により野党第一党に投票できなかった(しなかった)人が、マスコミに「(ちょっとかっこつけて)野党第一党」と答えた分が水増し票(?)として分析されてしまったのではないか、ということです。(全然当たってない?)
 当然色々な事情の中には「かっこばかりで政権をまかせるにはまだまだだ!」、「所詮寄り合い所帯で政権第一党とは比較にならない」というような理由も含まれるはずですが。

  '03.11.12


 ネオコン:
 イラクの治安状況の悪化が言われています。米兵の死者は侵攻中のそれを上回ったとか、国連が撤退したとか、トルコが一転して派兵を見送ったとか・・・・イラク侵攻の論拠であった大量破壊兵器も見あたらないし、泥沼化の様相を呈している中、ネオコン最右翼のラムズフェルド某はこの期に及んで駐留米軍を削減するとか言ったらしい。
 自分でやっちゃったことの始末ぐらいは自分でしなければいけないと思うんですが・・・・・。世界の警察を自認した国ですから途中でしっぽを巻いてもらっても困ります。
 ここに至ってもイラク派遣をあきらめないK泉某さんとか、この問題が選挙の争点にもならない状況、こんな国だと本当にアルカイーダだかアルカーイダだがかテロを仕掛けてくるかもしれないといらぬ心配をしたりして????

  '03.11.8


 秋本番:
 信州は今秋本番です。標高の高いところはもう紅葉も終わってしまったけれど、好天にも恵まれ、どこもとても素敵な秋の景色です。
 ただ、無粋なのは、町を彩るポスターと宣伝カーの声・・・・・、明日の日本を考えると無粋などとは言ってはいられないのでしょうけれどね。
 いよいよ、来週の今日は投票日これから何年間の日本の方向性が決まる選挙なのですから、色々思うところはあるとは思いますが(現に自分だって↑)、首都圏某県の参院補選のようなみっともない投票率にはならないようにしなければいけないはずです。なんだかんだ言っても先生方は我々国民の投票によって選ばれているんですから、「あんなのが先生」ってことは「あの程度の国民」の裏返しなはずです。ということで、昔書きましたが、投票は国民の権利ではなく、むしろ義務だと、私は思います。
 画像は、先週行った上高地の景色です。唐松の黄色と青空の対比がとてもきれいでした。

  '03.11.2


 衆議院選前哨戦:
 中○根(妖怪)さんとか宮△(ET)さんとかが73歳定年制に反対したとか、受諾したとか、藤×総裁が訴訟も辞さずとか、なんだか辞める辞めないで世の中が騒がしくなっています。
 党の若返り・世代交代、道路公団の民営化・道路行政の健全化など、政治方針としては正しいことばかりだと思います。が、それを選挙目的の(いわゆる日本語的意味の)パフォーマンスにしてしまった瞬間から、これはもうショーですから、妖怪さんやはるほさんの反撃に(理由はともかく)「もっとやれーっ!」という野次馬的声援が飛んでも仕方がないと思います。泥沼化したほうが端から見ていたらおもしろい・・・・非常に無責任で無神経な発言ですが、そう思っている人が少数派だとは思えません。
 おもしろいことはそれはそれで良いのかもしれませんが、政治はもっとまじめにやってほしいものです。
 今のままだと、一歩間違えれば、拉致問題などもパフォーマンスに使われかねないのですから・・・・

  '03.10.23


 オークション:
 ↓にも書いたとおり、インターネットオークションをちょっと囓ってみたりしています。決して世の中の人気商品をねらってということではなく、今は世の中に出ていない中古オーディオ機器(コンサートCD作成用のDAT←自分で生録するのではなく、人が録音したテープからPCに落とすためが主目的)、外国製の子供のゲーム(ハリーポッターのチェス)といった通常ではなかなか手に入らないものや、シンバルスタンドなど市場が大きくて安売りが期待できるものをゲットしています。プラスαとして、ハズレを引いても困らない程度の金額でということも忘れないようにしているつもりではあります。
 おもしろいところでは、打楽器アンサンブル等で時々ある、ビブラフォンや銅鑼を弦楽器の弓で擦って「キーン(?)」といった音を出す奏法に使用するための弓・・・・特にこの前のコンサートでは同時に二本必要だったので・・・・・オークションでちょっと怪しげなヴァイオリンの弓を非常に低価格でゲットし、とりあえず目的の音を出すことは出来ました。今日確認してみたところでは、コントラバスの弓+松ヤニ+ケースといった見事に目的にかなった出品(これもかなり安かったりします)も見られますが、オケの弦奏者がこんなあやしい買い物をするわけがないので、実際の需要はこういった奏法をする打楽器関係者だけだったり、なんて思ったりします(そんなわけないか・・・・)。

  '03.10.20


 生録:
 演奏会のビデオ取り用にと、ちょっとしたステレオマイクをしばらく前に入手しました。(実際に我がグループの某君が使ってるのと同じタイプ)
 オークションでマイクスタンドも手に入れたので、自宅のマリンバの前に立ててMDに録音してみました。へたくそだという根本的な問題を無視すると(って一番無視できない部分ではありますが・・・)、なかなかそれっぽい録音になりました。
 PCのソフトで少々エフェクトをかけてみると、ちょっと聴いた分では、なんとなくホールで演奏しているっぽく聞こえるような気がしないでもありません。
 でも問題は、ヘッドホンでしっかり聴いてみると、遠くで子供が遊ぶ声が聞こえたりしていることでした・・・・(; ;)
 もうひとつの問題は、先に書いたとおり、まともな演奏ではないということです・・・・・(; ;)(; ;)(; ;)

  '03.10.19


 講師:
 どういうわけか、高校生の吹奏楽打楽器奏者を対象とした講習会の講師をやることになりました。(春にもやったので2回目ですが)
 技術的な面なり、音楽性ということでは当然専門の勉強をされてきた方々には敵うわけもありませんから、私たちだから出来る何かをやらなければならないと思っています。
 それが何か?というとそれはそれで難しいのですが、「音楽を長い期間楽しむ(年を食っても音楽の世界に居座るかな?)」ことの大切さが、少しでも伝えられたら素敵だろうなと思います。
 娘も中学のクラブで3年生が引退し、責任学年になりましたから、保護者としての対応も必要でしょうし、次世代のことを考えていかなければならない時期になったことを実感します。(って今まで感じてなかったとしたらちょっとな・・・・・)

  '03.10.8


 子供のためのピアノコンチェルト:
 地元の大きなピアノ教室がオーケストラの伴奏を付けて、子供達にピアノソロを演奏させる発表会が4年ぶり(5回目だそうです)に開催され、オケの打楽器メンバーで参加しました。4年ぶり2回目の参加です。
 一生懸命にがんばっているけど、とても緊張して予想外のテンポで演奏してしまう子供達、ずれたら拍子をはしょってでも合わせる優しい指揮者に、かわいいピアニストのお父さんお母さんよりも(だいぶ?)上の年代が中心のオーケストラもある意味必死で合わせるというなかなかスリリングな演奏ではありました。
 とは言え、前回もそうでしたが、お人形のように精一杯ドレスアップした子の終わった瞬間のはじけるような笑顔と、指揮棒が止まらない内に立ち上がってお辞儀をしてしまうほほえましさに、何ともほのぼのとしたものを感じました。
 ピアノ講師達の目の前では、グロッケンといえども鍵盤ですから、ミスタッチは許されないという精神的にはなかなか厳しいものもありました・・・・・・

  '03.10.5


 自分の楽器が:
 一昨日長野県在住の作曲家桐山紘一さんの「一人おぺら土佐源氏」の長野公演がありました。伴奏はピアノと打楽器ということで、吉岡孝悦さんがマリンバや打楽器を担当されました。長野には打楽器をレンタルする業者はありませんから、通常打楽器をたくさん使うプロの演奏会は、メーカーがサポートするか、東京のレンタル店から借りることが多いのですが、今回はなんと私たちのグループに打診がありました。吉岡さんが気を遣ってくださったのか、ちょうど私やメンバーの所有する楽器で対応が可能でしたので、こんなんでいいのか?と少々気にしながら手配しました。
 当日客席で聴く気分は、まるで自分の子供が出ている発表会かコンクールそのもの・・・・。自分たちの楽器が変な音を出すんじゃないかと冷や冷やしながら聴いていました。が、さすが弘法筆を選ばすとでもいうのでしょうか、途中からは自分の楽器の晴れ姿をうれしく思いながら、吉岡さんの演奏とオペラの進行に没頭していました。
 終わってからは、舞台の係の方々が大道具などを撤去する邪魔にならないように(というか、思いっきり邪魔になっていましたが・・・)汗だくになりながら、ステップワゴンにマリンバ・ビブラフォン・グロッケン・トムトムほか小物楽器を積み込みました。
が、なんと全部私の車に納まってしまうのも、吉岡さんがそこまで考えて楽器を選択したのかな?と思うくらいにぴったりでした。(会場が職場のすぐ近くでしたから、ウィークデーの準備でもほとんど仕事に支障なく対応できたのもラッキーでした。)

  '03.9.28


 ちょっと吹奏楽づいて・・・:
 最近話題がちょっと吹奏楽づいています。娘のコンクールに行ったり、松本でちょっとしたコンサートを手伝ったり、といったことが続いたためでもありました。
 ついでだからではありませんが、しばらく前に新聞の広告で見たCDの通販・・・・よく懐かしの昭和歌謡とか、小学唱歌なんてのがありますよね・・・・・そこに「私の青春!吹奏楽部」って書いてても恥ずかしくなるような題名の企画ものがありました。CD10枚組、星条旗よ永遠なれ、祝典序曲、トッカータとフーガニ短調、運命の力、吹奏楽のための民話、シンフォニア・ノビリッシマ、アルメニアンダンス、吹奏楽のためのパッサカリアなどなど(もっと濃いところで、中世のフレスコ画とかリートニア序曲とか・・・・知らないでしょ)ある年代の人にとってはまさに「私の青春!」って感じのシリーズでした。ということでついフリーダイアルから注文してしまいました。昨日届いたので、じっくりと「私の青春」を懐かしんでみようと思います。

  '03.9.10


 東海大会観戦4:
 高校の部は全く聴いていません(県大会以前を含めて)が、数年間東海大会もご無沙汰だった我が母校が、突然全国大会への切符を入手(強奪?)してしまいました(当然初めてのことです)。
 ここ数年間全国一歩手前といわれていた、松本地区の学校が全国行きとなったのは、ある意味当然のことかもしれません。
 が、なんでN高?と感じた人も多かったのでしょうか?罵詈雑言渦巻くあの有名な掲示板2chでは「たなぼた」だとかなんだとか言いたい放題です。が、「表現力が素晴らしかった」との感想もいくつか見られました。実際の演奏や、この4月に赴任された先生の指導を見聞きしたわけではないので、内容についてはコメントできませんが、技術や東海地区でのネームバリューをも打ち破る「表現力」とはどんなものだったんでしょうか?。
 はるか○十年も昔、私がいた頃から何年間かのN高は、東海大会金賞常連校でした。吹奏楽についてはほとんど素人に近い山本昇先生の指揮で、「吹奏楽をやるのではない、音楽をやるんだ!」という気概で、コンクールに臨んでいました。一から先生に指導を受けるのではなく、ある程度の形まで自分たちで作ってから、先生に指導をお願いするという形の練習方法でした。「山の音」と卑下されたサウンドを矯正するため、金管パートが仕入れてきた練習法でほぼ一年を棒に振る決断をした先輩達、その年も東海大会には行きましたが、色々なところでさんざんな批評をされました。その成果か翌年の私たちは、他県開催の東海大会で初の金賞受賞!長良川の鵜飼いを幸せな気分で見た自分が懐かしくなりますが、その翌年からはより上を目指し、悔しい気持ちで長野への帰路をたどった数多くの後輩達、ようやく今年私たちの何十倍もの幸せな気分で長野へ帰ってきた後輩達・・・・・、本当におめでとう!!!と言ってあげたいです。(というよりありがとうかな)
 全国大会の普門館では素敵な「音楽」を聴衆にプレゼントしてきてもらいたいと思います。

  '03.9.6


 東海大会観戦3:
 個々の演奏をとやかく言わないと書いておきながら、昨日は某学校の演奏についてコメントしてしまいました。誤解のないように言っておきますが、すばらしい演奏であることは間違いなく、私は舌を巻くばかりでした。迫力と力強さの演奏が続く中、少人数ならではの緻密さと繊細さを前面に出した構成は、前後他校の演奏が荒く、無神経に感じられ、それをも計算しているのではないかと勘ぐってしまうほどでした。
 ただ、東海大会にまで出てくるのですからどこの学校でも子供達の夏休みなどは、ほとんど遊ぶ時間もなく練習に費やしてきたはずです(我が子もそうでした)。その中でも段違いに緻密な演奏が出来るためにはいくら個々の能力が高かったとしても、他の学校の何倍も練習しなければならないはずです(推測でものを言ってはいけませんけど)。ただただ繰り返し練習による機械的に精密な演奏だったら何とも思わなかったのかもしれませんが、頭や心もこの演奏のために訓練されたことがよくわかる(別に洗脳されているとかそういう意味ではありません)演奏を聴いていると、この子達は演奏・音楽を楽しんでいるんだろうか・・・・・といらぬ心配をしてしまいました。それが昨日書いた「これが音楽なのか・・・・」という気持ちの一つの解なのかもしれません。
 恐竜的に進化してしまった吹奏楽コンクール(特に上位大会)を勝ち抜くためには、音楽を楽しもうなんていう甘っちょろい考えは通用しないんでしょうか・・・・。

  '03.9.3


 東海大会観戦2:
 打楽器に限らず他のパートもそうなのですが、曲の表情をつけるためにカラダを大きく揺らす演奏が多々見られます。特に徹底的に曲を練り上げた某学校は、カラダを揺らす動きまでがパートの中でぴったりと揃っています。カラダを揺らすことによりニュアンスを付けやすい子もいるでしょうし、逆に揺らすことにより演奏面で良くない影響が出る子もいるかもしれません。奏法は個々で全く同じということはありませんから、動きまで同じである必要はないと思います。出てくる音、音楽が揃っていればいいはずです。
 あの和太鼓集団「鼓童」でも個人個人の奏法はバラエティに富んでいます。しかし、出来上がる音楽は一糸乱れぬものです。
 先ほどの某学校の演奏は個々の奏者の演奏能力も抜群で、(曲想、審査員へのアピール等)計算尽くされ、決して機械的ではない完璧な(にほぼ近い)演奏ではありました。パフォーマンスとしては最高なものでありましょうし、全国大会でも一位と評されるためには必要なことなのかもしれませんが、私個人としては、これは音楽なのか・・・・という気持ちが演奏中ずっとまとわりついて離れませんでした。
 ちなみに、カラダの揺れ・動きに関してですが、私は演奏時に決してカラダが動かないわけではありませんが、少なくともインパクトの瞬間については出来るだけ一定の体勢をとれる方がよい音が出ると思い、実践しているつもりです。(気持ちだけかも) <*個々の演奏をとやかく言っちゃったかな?>

  '03.9.2


 東海大会観戦:
 親ばかで娘の東海大会(名古屋)を見て(聴いて?)きました。昨年もそうでしたが娘の学校は少々不安定な演奏と個々の演奏者の力量といった面で、やはり銀賞でした。県大会の時のうまくはまった演奏は親でもびっくりするような好演でしたから、淡いながら来年に期待したいと思います。
 そんな中長野県勢が(少々悔しいですが)中学3校独占、そして高校2校(内1校は我が母校)が全国への切符を手にしました。中学は複数校が代表になったことはあったようですが、高校は未だかつて1校しか出たことがないのですから、これは「快挙」以外のなにものでもないでしょう。おめでとうございます!!
 個々の演奏についての評価は色々な人が色々な場面でするでしょうから、そういったことをするつもりはありませんが、立場上打楽器についての感想をいくつか・・・・
 まず、鍵盤打楽器のマレット選択について、特に課題曲IVのXylophoneのマレットが堅すぎて、演奏の中で浮いてしまったり、バランスを気にするあまり柔らかすぎて埋もれたり、Xylophone本来の軽快な音からほど遠かったり、中学を聴く限り、ちょうど良い演奏というのがほとんどなかったように思います。
 Vib.Marimbaではのアルペジオ等を一生懸命弾いているのは見えるのですが、音としては全く聞こえてこない、音を予想して聴いている私でそうなのですから、その楽器がどういう音がしてくるのかわからない人に聞こえるわけはありません。マレットの選択が柔らかすぎるのと、単に撫でているだけのような奏法にも問題がありそうです。
 不思議なのは、そんな演奏をしている学校でも、音を伸ばすことへの意識を高めるためか(?)叩いた後の不自然なくらいの動作が目につきました。(聞こえない音を伸ばそうとしてもそれはちょっと無理があるようにも思いますが・・・・。)腕がほぼのびて、マレットのヘッドは水平よりやや下向き、それより手首の方が上になっている状態のままで腕全体がゆっくりと上がってくる。
 オーバーアクションそのものを全否定するつもりはありませんが、もしそれが合理的な動作でないのであれば止めるべきと思います。      (つづく・・・・・・かな?)

  '03.9.1


 現代病?:
 MS某のXPとか2000を標的にした「ブラスター」とかその亜種とかが猛威をふるっています。特にOSが2000の企業や官公庁のオフィスではその対策で大わらわのようです。我が職場でもウェブのブラウズが止められてしまい、情報検索にとても苦労しました。
 今回のウイルスはメールに添付されているわけでもなく、怪しいサイトに行ったわけでもないのに感染するようなので、今までのようにOutlook Expressを使わなければ大丈夫!といった原始的な対策も役に立たず・・・。 今まで特にウイルス対策ソフトを導入していなかった家族用のPCなどにもあわててウイルスなんとかを導入しました(今後毎年料金を請求されるんですよね・・・つらい)。
 PCを使っている限り、MS某のOSを使っている限り、PCウイルスから無縁になることはないことは真理ですが、新たなウイルスの蔓延とその社会問題化といった状況は、まるでSARSなどの本当のウイルスの問題と全く同じです。最初にPCに悪さをするこの種のことに「ウイルス」と命名した人の先見の明(センス?)には驚くばかりです。

  '03.8.21


 新システム:
 ISO14001とか○○評価制度など、PDCAサイクルなどと呼ばれる計画、実施、自己検証(外部監査)が伴う色々な新しいシステムがお役所仕事の中で実施されるのが何となく流行のようです。
 それぞれのシステムの説明を聞いたり、実際に関わったりして見る限り、評価やそれに伴う改善など良い方向に向いたシステムであることは間違いありません。
 が、従来の「お役所仕事」は経時的な改善よりも、その時点時点での「文書」が体裁をなしている方が大事といったところがありました。体裁をなさない「失敗」などは存在すること自体あり得ないということになっています。文書に限らずとも「防災訓練」などのように、訓練というのに本番で完璧に出来ることを「台本」で準備されているような例もあります。
 先に書いたこういった新しいシステムは、その時点では「完璧」を想定していません。順次改善されていくことをめざし、途中途中の「失敗」はあるのが当然ということになります。
 新しいシステムと古くからの体質、一歩間違うと(というか往々にしてというか)ただシステムの体裁をとるだけの仕事になって、余計な仕事が増えるだけということになりかねません。少なくとも長年その体質の中で生きてきた偉い方々が、問題(危機)意識を持っていないようでは成功することはあり得ないのでは・・・・・、(でもそういう所って若いから問題意識を持っているとも限らなかったりする)

  '03.8.5


 時期尚早:
 「時期尚早」という言葉があります。これは、議会や行政など、ほとんどはユニーク(そうじゃない場合もあるけど)な提案を否定する際の言葉として使われます。
 正直に取ると「良い考え方ではあるが、まだまだこなれていない点もあり、周辺事情も必ずしも必要な状況にはなっていないので、もうしばらくしてから対応しましょう」ということなのですが、実は「こんなどこの馬の骨とも、海のものとも山のものともつかぬ、(私には)理解も出来ないような提案は、とりあえずたなざらしにしてしまおう、とりあえず(私の)目の前からは(見えないところに)避けてしまえ、そうすりゃ色々言ってるやつも忘れるだろう・・・、万一他のところが先にやったらそれがうまくいくか失敗するか、高みの見物をしてからでも遅くはないだろう」という意味だというのが正解です。
 なぜなら、「時期尚早」といいながら、ほとんどの場合はどの位の期間様子を見ましょう、といったことは明らかにされませんし(どころか、検討すらされません)、その提案の中から時期尚早でない部分だけでも実施する、といった対応は取られません。
 時期尚早と否定する側の思考過程には「その提案の意味を理解できない(しようとしない)」、「あまり人がやっていないことに手をつける事への億劫さ、恐怖、失敗への不安」が大きく効いているように思います。
 「理解できない(しようとしない)」については、実際に相当数の偉い方々はこういったパターンなんだと思いますが、なかなか良い薬は浮かんできません。後者の「億劫、恐怖、不安」等々については、実際に先進的に取り組む場合には、実行までに相当の勉強と準備が必要になりますが、逆に言うと完成度はさほど高くなくても批判されることは少ないはずです。失敗成功のボーダーラインは低くく設定することが可能ですから、結果的にはあまり失敗することはありません。
 周囲の状況を見回した後に実施する場合は、先進的に取り組んだ者のノウハウを(勝手に)吸収することが出来ますから、勉強や準備にかかる労力は確かに先進的に取り組んだ者よりも少なくてすみますが、周囲は見る目が出来てきていますから、高い完成度を要求されます。結果的には相当な高い完成度や独自色を出さないと「やんやの喝采」とはなりません。
 「時期尚早」という言葉を「先送り」と同義語に使っている限り、後になっていざ実施したところで、最初から実施していた場合よりも良い結果や良い評価は得られない。というのが私の持論です。

  '03.7.26


 気分障害:
 最近周辺にちょっと多すぎるぞ!というくらい「うつな人」を見聞きします。メンタルヘルスといったことを仕事関係で聞くこともありますが、仕事・人間関係の問題ばかりでなく、時代の流れが人間の感性の速度を超えてしまったということもあるのかもしれません。
 うつ(=最近は気分障害というらしい?)の人の多くは仕事、人間関係に生真面目、潔癖といわれていますし、現に身近でそうなった人はそういった傾向にあります。ということで、自分は最終的な(肝心な?)部分でずぼらですし、いくつかのストレス発散手段(太鼓も含めて)がありますから、大丈夫だと思っています。なにより「重要な仕事の責務に耐えきれず」といったことがなさそうなので、対極に位置しているように思っていました。
 が、最近(というか自分が必要だと勝手に思って新たな組織に飛び込んだ1年前?から)、「物言えば唇寒し」状態が何回もあり、さすがの(鈍感な)自分もどうも(身近な組織の中で)よけいなことを言ったりやったりしている(と思われている)らしいことに気がつくようになりました。良かれと思ってやったことがろくな討論もなしに最初から答えが「NO」とわかる進行・・・・、肩に責任の重圧なんかまったくかけてももらえませんが、正直言って「気分障害」にでもなりたい気分(?)です。

  '03.7.22


 駅コン:
 昨日・今日と夏休み前ですが、家族サービスでちょっと出かけてきました。(福島さん・加藤さんのB.S.LABOがあるにもかかわらず)
 今回は純粋に家族サービス(それも前半は女房も別用・娘はクラブで全滅と昨日は男だけの父子家庭状態?)であったはずなのですが、東京駅でお昼を食べようと地下街を歩いていると館内放送で「マリンバアンサンブル」と聞こえたような気がしました(空耳?)。
 男三人でマクドナルドをすませた後、さがしてみると「駅コン(?)」で山本晶子さん(でしたよね?)らが演奏していました。しばらく耳あたりの良い曲が並んでおり、ちょうど近くにおもちゃ屋(LEGO専門店)さんもあった(スター・ウォーズのLEGOに熱中する息子)ので、子供の相手をしながら聴いていましたが、最後に「マリンバスピリチュアル」といわれたので、がまんできず正面で聴き始めました。
 駅コンの聴衆というのは、別に打楽器アンサンブルを聴きに来たわけではありませんから、マリンバスピリチュアルの前半「魂鎮め」の部分が続くと、一人二人と席を立つ方がいらっしゃったのは当然とはいえ、少々残念ではありました。
 息子に「この曲知ってるよね?」と聞いたり、「うん」と答えたりする息子だったり・・・周りの人がもし聞き耳を立てていたら「奇異な親子」と思ったことでしょう・・・・。しかし、下の息子も別にこの曲に興味があるわけではありませんから、途中で飽きてしまい「早く目的地に行こう!!」となってしまい、知らない曲の途中で席を立つ普通(?)の親子になってしまいました。(マリンバを含めて3人で演奏する、マリンバスピリチュアル2.5(?)のような曲でした。)
 最後まで聴けなかったのが正直残念でなりませんでしたが、B.S.LABOも聴かずに家族サービスをしていたのですから、駅コン中座も仕方ありません(; ;)

  '03.7.20


 文化祭:
 センター試験など大学入試が昔より早く行われるためかどうか、いつ頃からか長野県内の高校の文化祭は、7月上中旬の夏休み前に集中するようになりました。秋が夏になったからといって何か変わることがあるのか?といった感じではありますが、同じ日に集中することで、他の学校の生徒達が遊びに(見に?)来るということがほとんどなくなってしまっているという現実があるようです。先日ある地域の高校の文化祭に参加させていただく機会がありましたが、外から来ているのはわずかに中学生と一部の少々ヤンキーな子たちといった感じで、校風もあるのでしょうか、おとなしい文化祭だな・・・・といった印象でした。
 私が学生の頃(天文学的な昔)は文化祭といえば、近くの女子校の子達が来てくれるのを、ちょっとドキドキしながら待っていたものですが(って残念ながら彼女が来てくれるってシチュエーションではありませんでしたが)、そういった古風なロマンスって時代じゃないようです。
 話はちょっと違いますが、色々なカリキュラムの過密化からか、我が子の小学校の運動会が、今年(から?)梅雨の時期のまっただ中に設定されました。学校行事の都合とはいえ、自然に逆らうような計画も少々???ではあります。
 澄んだ秋空の下での運動会、文化祭での各学校間の交流などなど、当たり前のことが当たり前に出来ない、何が世の中そんなに忙しくなってしまったんでしょうか?

  '03.7.16


 暴言:
 J民党の太田某や元首相の森某などが、暴言吐きまくりといった感じで、マスコミにつるし上げられています。
 太田某の場合は「レイプの方が正常」と言ったとか、(どちらかというと田原某の口車にまんまと乗ってしまったという感じもしますが)、森某の場合は、彼が大好きな戦前愛国教育「生めよ増やせよ!」的な観点からの発言で「生まざるものに福祉無し」といった内容。どちらも、男尊女卑、性差別が露骨に感じられ、暴言であることには間違いありません。
 彼らの発言を弁護するつもりは毛頭ありませんが、世界一とも言える異常な少子化の我が国では、今のままで社会がまっとうに進むはずがないことも確かです。税金や年金制度をどういじったところで、すさまじい少子高齢化に対応できるとは思えません。高齢化を止めることは当然絶対に出来ません。となると少子化対策に国家予算の相当な割合をかけ、効果的な政策がどんどん提示されていなければならないのに、それらしいことがされている様子もありません。
 とはいえ、政治家の皆さんが上記のお二人のような方々ばかりだとすると、それこそ、生めよ増やせよ!富国強兵!!的な政策しか出てこないように感じます。そして、個人の価値観、生き方を制限するものであったり、なにより、子供が出来ないご夫婦や色々な理由で結婚や子供を作ることが出来ない人たちが、蔑視される社会では絶対にダメです。 暴言吐いてるひまがあったら少しは考えろよ!と言いたいところですが、あの人達じゃダメですよね。(やはり、日本に未来はないの??)

  '03.7.2


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